【歴史クイズ 初級30問】簡単三択問題!!あなたは何問解けますか?

(※好評につき、2019.1.6に20問→30問に変更しました。最後までお楽しみください♪)

 

 

みなさんは、西郷さんや篤姫さんをご存じでしょうか?

 

ドラマを見ていても面白いし、とっても勉強になります。実際にあったお話なので、説得力がありますからね。

 

自分の人生を考えるときに、歴史を参考にするビジネスマンも多いです。

 

歴史が好きな女性も年々増えていますね!奈良や京都は、外国の環境客で賑わっています。

 

そんな流れに遅れないよう、歴史クイズを解いてみましょう!そんなに難しくないものを集めましたので、まずは肩慣らしのつもりで!

 

縄文時代から明治時代まで、年代の順序に問題を出題していきます。

 

それでは、歴史クイズスタートです♪

 

歴史クイズ!!縄文から室町時代までのクイズ問題【全10問】

 

第1問

日本の歴史の始まりといえば、「縄文時代」。

土器を作り始めて、文明が飛躍的に進んでいく時期ですね。

その次に来るのは「弥生時代」ですが、このふたつの時期を分けるのは、あるものを作る技術が起こったからです。そのあるものとは?

 

1、刀

2、米

3、きれいな水

 

 

第2問

「弥生時代」になり人々の暮らしが豊かになっていきます。

やがて「古墳時代」になりますが、そのころには外国との交流も盛んになり、朝鮮半島から住みつく人が大勢いました。

この人たちは何と呼ばれていたでしょう?

 

1、バテレン

2、渡来人

3、南蛮人

 

 

第3問

外国から仏教が伝わると6世紀から7世紀にかけて、次第に大きな寺院が建てられるようになりました。

そのうち、木で作られていて一番古いと考えられているのは何というお寺でしょうか。

 

1、東大寺

2、法隆寺

3、平安神宮

 

 

第4問

世の中は、今や天皇が治める時代になりました。

8世紀に天皇の位についた聖武天皇は、全国からのべ260万人以上とも言われる人々を集めて、奈良に大仏を作りました。

どんな目的で作ったのでしょうか?

 

1、賽銭集め

2、治安向上のため

3、外国客のため

 

 

第5問

時は平安時代。

10世紀になり貴族が政治を動かすようになりました。

このころに栄えた文化と異なるものは、次のどれでしょうか。

 

1、十二単

2、漢字

3、囲碁

 

 

第6問

平安時代は割と穏やかな時代。

貴族にとどまらず大勢の人々は、仏教の教えの中から苦しみのない世界をもっと追及して生きていました。

こうした世界を人々は何と呼んでいた?

 

1、天国

2、楽園

3、極楽浄土

 

 

第7問

平安時代は文化的な時代です。

何とサッカーをやっていた人たちまでいたとか!?

もちろん、サッカーとは呼ばれないし同じゲームでもありませんが、サッカーのリフ

ティングに似ている、この遊びの名前は何?

 

1、けん玉

2、けまり

3、羽子板

 

 

第8問

平安時代も終わりです。

地方の有力な人たちは自分の領地を広げ、富をたくわえて、勢力をのばし、武士となりました。

武士の中で、大きなまとまりを作り、強い力を持っていたのは、ふたつの集まり。源氏と何氏?

 

1、藤原氏

2、平氏

3、安部氏

 

 

第9問

源氏と平氏の覇権争いは、源氏の勝ち。

源氏は、鎌倉に幕府を開きます。安心したのも束の間、幕府が開かれてから80年ほどたったとき、今の中国にあたる元が二度も、北九州に攻めてきました。

これを何と呼ぶでしょうか。

 

1、元寇

2、朝鮮戦争

3、壇ノ浦の戦い

 

 

第10問

強い力もこの世の中では長続きはしません。

14世紀ごろに鎌倉幕府が滅び、京都に室町幕府が開かれました。

このときの将軍は誰でしょうか。

 

1、足利尊氏

2、新田義貞

3、平清盛

 

歴史クイズ!!縄文から室町時代までのクイズ問題【解答編】

 

第1問 2、米

 

答えの解説

 

今から約1万年前に中国大陸で始まった稲作が、日本にも伝わりました。

稲はほかの作物より長い間保存でき、栄養も多いので、人々の生活が安定するようになりました。

また、米や種もみをたくさん手に入れることができるかによってたくわえの違いが目立つようになり、身分に差ができるようにもなったのです。

 

 

第2問 2、渡来人

 

答えの解説

 

その当時の中国や朝鮮半島から日本にやって来た人たちをこう呼びます。

その人たちの中には、建築や土木工事、焼き物などの技術を身につけた人々が少なくありませんでした。

さらに、漢字や仏教を伝えたのも渡来人でした。

 

 

第3問 2、法隆寺

 

答えの解説

 

法隆寺を建てたのは、あの有名な聖徳太子です。

10人の人の訴えを一度に聞いたという、あの人ですね。

法隆寺は、仏教の教えを人々に広めるために作られました。

有名な五重塔の他に金堂や中門など、いくつかの建物で成り立っています。

 

 

第4問 2、治安向上のため

 

答えの解説

 

日本で国作りが始まったころ、各地で災害が起こったり、都では病気が流行したりして、社会が落ち着いていませんでした。

そこで天皇は、仏の光で照らして、落ち着いた世にしようとしたのです。

宗教の教えは、人の心に大きな力を与えるのですね。

 

 

第5問 2、漢字

 

答えの解説

 

漢字は、5~6世紀のころに今の中国から伝わりました。

平安時代には、着物では十二単が大流行で、文字では「かな文字」、娯楽では囲碁など、すべて貴族中心の世の中で広まったものです。

十二単は、宮殿の中での女性の正装でした。

かな文字は、漢字をくずして作られ、囲碁は、すごろくと共に、庶民の遊びとしても、広まりました。

 

 

第6問 3、極楽浄土

 

答えの解説

 

これは、仏教の教えのひとつで、仏がいるとされ、苦しみのない世界のことを言います。

貴族たちは、一見華やかに見えるくらしの半面、様々な人間関係や、家族の病気や死などの苦しみは少なくなく、死後に行ける世界を、気持ちの中で願っていました。

今でも、よく分かることですね。

 

 

第7問 2、けまり

 

答えの解説

 

けまりは、鹿の皮で作った鞠まりを、一定の高さでけり続け、その回数を競う遊びです。

平安時代に貴族の間ではやり、後に鎌倉時代には、武士の間でも広まりました。

こんな昔に、サッカーみたいなことをやっていたとは、驚きですね。

今の選手より、上手な人がいたかも?

 

 

第8問 2、平氏

 

答えの解説

 

源氏と平氏は、朝廷の命令で、地方の反乱を鎮めるなどしました。

おもに源氏は東日本で、平氏は西日本で勢力をのばしました。

このころから、人々の戦いや駆け引きなどが盛んに始まり、世の中が、武力がものをいう時代に入っていきます。

 

 

第9問 1、元寇

 

答えの解説

 

元という国は、周りの国を従えようとしていました。

日本にも使者を送ってきましたが、その要求を退けたため、元の軍は、日本にはない火薬兵器を使い、いくつもの集団に分かれて攻めてきました。

幸い、このときは二度とも、撃退することができました。

 

 

第10問 1、足利尊氏

 

答えの解説

 

1338年に、足利尊氏が幕府を開きました。

しかし、朝廷が南北に分かれていて、落ち着くまでに時間がかかりました。

三代目の足利義満が征夷大将軍になったのは1368年です。

南北の朝廷がひとつになったのは、1392年でやっと時代は収まりました。

 

 

続いて後半戦です!!

 

歴史クイズ!!室町から明治時代までのクイズ問題【全10問】

 

第11問

室町時代にも、独特の文化が栄え、人々は生活を謳歌します。

平和になると、人間の創造力が発揮されるのですね。

室町文化が栄えた中で、大成した能と並んで、今でも演じられる芸能は、何でしょうか?

 

1、大相撲

2、華道

3、狂言

 

 

第12問

室町時代は絵画の技術も、進んでいった時代です。

鎌倉時代の半ばに、中国から伝えられた「すみ絵」を室町時代に芸術として大成させた人の名は、何でしょうか。

 

1、雪舟

2、李白

3、横山大観

 

 

第13問

やがて室町幕府が衰えると、全国各地に戦国大名と呼ばれる武将が、互いに勢力争いをする時代となりました。

その中でも、頭ひとつ抜き出た織田信長は、滋賀県安土に城を築き、全国統一の拠点としました。

そして、商業を盛んにしようと、城下町では誰でも商売ができるようにしたのです。

こうして設けられた市を、何と呼ばれますか。

 

1、楽市楽座

2、火曜市

3、オープンセール

 

 

第14問

時代は争いが絶えない戦国の世。

戦国大名と呼ばれる武将たちの中には、それまでとは違う、強力な武器を使う者が現れました。

この武器は何?

 

1、薙刀

2、大砲

3、鉄砲

 

 

第15問

戦国時代にはこれまでにはなかった、新しいものが次々と入ってきた時代でもありました。

16世紀の半ばごろに、日本にもたらされた宗教は何でしょう?

 

1、イスラム

2、儒教

3、キリスト教

 

 

第16問

戦国の世を終わらせ日本全国を統一したのは、徳川家康でした。

急がば回れで苦労も多かったですが、ついに天下を取り、江戸時代が始まります。

家康は亡くなってからある寺院に祀られますが、それはどこでしょうか。

 

1、日光東照宮

2、本能寺

3、鶴岡八幡宮

 

 

第17問

江戸幕府は、「鎖国」という政策をとり、外国との貿易や交渉を行う場所を厳しく制限しました。

しかし、今の長崎県の一部の場所に限って、それは許されていました。

ここは何と呼ばれていたでしょう?

 

1、大使館

2、出島

3、天草

 

 

第18問

江戸時代の社会では、身分によって職業や住む場所などが決められました。

武士も身分のひとつですが、一番多くを占めた身分は何だったでしょうか?

 

1、百姓

2、商人

3、奴隷

 

 

第19問

江戸時代末期、外国からの船が来日して鎖国を止めるように言ってきました。

新しい時代の幕開けです。武士の時代は終わり、明治時代が始まります。

そんな中、都市部を中心に生活や文化も大きく変化していきました。

洋服を着る人が増えたり、ガス灯がついたりします。

こうした様子を何と言うでしょうか。

 

1、治外法権

2、文明開化

3、富国強兵

 

 

第20問

明治時代には明治天皇が治める中、天皇の名で新しい政治の方針がを定められます。

それを何と呼んでいたでしょうか?

 

1、17条の憲法

2、大政奉還

3、五箇条の御誓文

 

歴史クイズ!!室町から明治時代までのクイズ問題【解答編】

 

第11問 3、狂言 

 

答えの解説

 

狂言は民衆の生活などを題材にして、日常会話を用いこっけいな物まねなどをまじえて、演じられました。

能と狂言を合わせて能楽と言います。

民衆は、それぞれの時代に、自分たちの生活を潤す文化を築くもの。力強いですね。

わたしたちも、現代に独自の文化を形成していきたいものですね。

 

 

第12問 1、雪舟

 

答えの解説

 

雪舟は幼いころから絵に親しみ、京都市のお寺で「すみ絵」を学んだのち、中国に渡り本格的な水墨画に触れながら絵の腕をみがきました。

帰国後には各地をめぐって自然の雄大な様子を描き、今の世に伝えています。

奥深い風情のあるすばらしいものですよ。

 

 

第13問 1、楽市楽座

 

答えの解説

 

信長は楽市楽座の他にも、市場の税や関所をなくすなど、それまでの仕組みを改めて、商業や工業を盛んにしようとしました。

戦いは戦場だけではなく、普段の経済活動から始まっていたのですね。

このような自由な取り決めは、なかなか見られない事例で、信長が多方面に優れた領主であることを示していると言えるでしょう。

 

 

第14問 3、鉄砲

 

答えの解説

 

有名なのは、1575年に織田と徳川の連合軍が、武田軍と戦った、長篠の戦いです。

このときの様子を描いた屏風絵には、たくさんの鉄砲を用いていたことが描かれています。

この戦いの約30年前に、ポルトガル人を乗せた船が、鹿児島県種子島に流れ着きました。

このとき、鉄砲が持ちこまれたのです。

 

 

第15問 3、キリスト教

 

答えの解説

 

正解は芋焼酎になります。

芋焼酎は南九州でよく栽培されているサツマイモを主な原料としており、鹿児島県だけでなく宮崎県でもよく飲まれています。

一方麦焼酎は、16世紀頃に壱岐(現在の長崎県)で最初に作られたと言われています。

1960年頃に大分県で作られた麦焼酎が脚光を浴びていくことになります。

芋焼酎と麦焼酎では香りが全く違いますのですぐに分かると思いますよ。

味の違いは…筆者にはあまりわかりません(笑)

 

 

第16問 1、日光東照宮

 

答えの解説

 

江戸幕府のもと、3代将軍となった家光は、日光東照宮を建て直しました。

東照宮は、江戸の守り神でもあって、莫大な費用と多くの人を使ったと言われています。

特に有名な陽明門は、世界文化遺産に登録されています。

 

 

第17問 2、出島

 

答えの解説

 

キリスト教は取りしまりの対象となり、貿易の相手はキリスト教を広めるおそれのない、オランダと中国に限られました。

長崎市の港には、出島という埋め立て地や唐人(中国人)屋敷が作られ、外国との貿易は、役人や一部の商人だけしか許されませんでした。

この制限しきったやり方は、日本の国のあり方に、後々、大きな影響を及ぼします。

 

 

第18問 1、百姓

 

答えの解説

 

江戸時代の人口の約80%以上は、百姓という身分の人でした。

百姓は農山村や漁村に住み、農林業や漁業などを営み、米などの農産物や水産物を作り暮らしていました。

百姓は名主(庄屋)を中心として、自分たちで村を運営していました。

 

 

第19問 2、文明開化

 

答えの解説

 

「ざんぎり頭を叩いてみれば、文明開花の音がする」なんて歌われたほど、世界は大きく進歩しました。

ガス灯や服装だけでなく、鉄道が開通し一部では、カレーライスやステーキなど、食事も変わりつつありました。

しかし、こうした動きは、農山村や漁村ではあまり見られませんでした。

 

 

第20問 3、五箇条の御誓文

 

答えの解説

 

1868年に明治天皇の名で定められました。5つの内容から成っています。

やさしい言葉で説明しますと、次のようになります。

(1)政治のことは会議を開いてみんなで決めよう。

(2)みんなが心を合わせて政策を行おう。

(3)みんなの志がかなえられるようにしよう。

(4)これまでの良くないしきたりを改めよう。

(5)新しい知識を世界に学び、国を栄えさせよう。

 

 

歴史クイズ!!物足りない人向けのおまけ問題【全10問】

 

第21問

お酒がなさそうな縄文時代ですが、ある実を使ったお酒が飲まれていました。

縄文人が飲んでいた果実酒は何の実から作られていたでしょうか?

 

1、ニワトコ

2、梅

3、ゴーヤ

 

 

第22問

弥生時代に邪馬台国の女王となった卑弥呼ですが、

卑弥呼に会う事が許されたのは誰だけだったでしょうか?

 

1、母

2、父

3、弟

 

 

第23問

607年の飛鳥時代に聖徳太子が遣隋使として派遣した人物は誰でしょうか?

派遣された人物は帰国後、冠位十二階の一番高い位にまで昇りつめました。

 

1、小野妹子

2、蘇我入鹿

3、藤原常嗣

 

 

第24問

奈良時代に入るまでは税金は織物や麦などがお金の代わりに納められていました。

しかし、奈良時代に入ると日本は律令国家となりきちんとした通貨が必要になります。その時に発行された日本初の通貨はどれでしょうか?

 

1、文久永宝

2、和同開珎

3、万年通宝

 

 

第25問

鎌倉時代の軍事物語である「平家物語」は盲目の僧、琵琶法師によって全国に広められました。「平家物語」の冒頭文は「祇園精舎の鐘の声~」となっており知っている方も多いと思います。冒頭フレーズの‘‘祇園精舎‘‘とは、どこの国の事をいっているでしょうか?

 

1、オランダ

2、インド

3、中国

 

 

第26問

室町時代は、饅頭・懐石料理・麺などが誕生し食文化が豊かになっていった時代です。そんな室町時代に庶民の間で流行して現在も親しまれている料理は何でしょうか?

 

1、味噌汁

2、卵焼き

3、すき焼き

 

 

第27問

戦国時代から安土桃山時代にかけて戦国大名として活躍した織田信長は、甘党だったと言われています。

そんな甘党とされる織田信長が特に好んで食べていたのはどれでしょうか?

 

1、カキ氷

2、焼き芋

3、干し柿

 

 

第28問

豊臣秀吉は頭の回転の速さで戦国時代を生き抜き農民から天下人まで昇りつめました。そんな豊臣秀吉が家臣と古今の人物を評論していた時、「わしの功は○○よりも100倍もうえなのじゃ」と言っています。

豊臣秀吉は、誰より自分のようが格上だと言ったでしょうか?

 

1、織田信長

2、伊達政宗

3、源頼朝

 

 

第29問

江戸幕府の命令を受けて日本全国を歩いて測量し、正確な日本地図を作った人物は誰でしょうか?

 

1、近松門左衛門

2、伊能忠敬

3、杉田玄白

 

 

第30問

1886(明治19)年コレラが大流行し、10万人が亡くなりました。

そんな時、新聞に「炭酸ガスを含む飲料を摂取すればコレラには冒されない」という記事が載りました。

この記事を観た人々が買い求めた飲料は次のうちどれでしょうか?

 

1、コーラー

2、ラムネ

3、三ツ矢サイダー

 

歴史クイズ!!物足りない人向けのおまけ問題【解答編】

 

第21問 1、ニワトコ

 

答えの解説

 

縄文人はニワトコの実を使って果実酒を作っていたと言われています。

また、ニワトコの葉や枝は薬として使用されていました。

 

 

第22問 3、弟

 

答えの解説

 

邪馬台国を治めていた卑弥呼ですが、人前に姿を現す事はありませんでした。

卑弥呼と会う事が許されたのは弟だけです。

卑弥呼から伝えられたことを人々に伝え政治をおこなっていました。

また、卑弥呼の身の回りの世話すべてを弟一人で行っていました。

 

 

第23問 1、小野妹子

 

答えの解説

 

小野妹子は、元々地位が低い身分でした。

しかし、聖徳太子は「家柄」よりも「能力」を重視していた為、能力が高かった小野妹子は遣隋使として抜擢されます。

当時、隋の力は大きく日本はいつ支配されてもおかしくない時代でした。

隋に支配されてしまう事を恐れた聖徳太子は、「日本と隋は対等です」という手紙を小野妹子に託しました。

隋に到着した小野妹子は、聖徳太子から預かった手紙を皇帝に渡して、隋と対等に交流することに成功させます。

その後、日本に帰った小野妹子は冠位十二階の一番高い位にまで昇りつめました。

 

 

第24問 2、和同開珎

 

答えの解説

 

奈良時代に入ると本格的な律令国家になる為、今までの物々交換ではなく銭貨を作り価値を統一させ諸外国からの信頼も得ようという考えになり「和同開珎」が鋳造されました。

見た目は、5円玉のように真ん中に穴が開いています。

これは紐を通す事が出来れば持ち運びが楽になるからだったと言われています。

 

 

第25問 2、インド

 

答えの解説

 

「祇園精舎」とは、インドのコーサラ国にあった寺院の事です。

祇園精舎は、釈迦が説法を行った寺院としても有名です。

 

 

第26問 1、味噌汁

 

答えの解説

 

室町時代になると、大豆の生産量が増え味噌が作られるようになり保存食として重宝されるようになりました。

その影響もあり味噌を使った料理である味噌汁も普及し広まって行きました。

 

 

第27問 3、干し柿

 

答えの解説

 

織田信長は干し柿を気に入っており、周りの人にもあげていました。

ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスも、織田信長に会った時に四角の箱に入った干し柿を貰ったと記録しています。

しかし、ルイスはそれが柿だとは分からず「イチジク」だと書いています。

 

 

第28問 3、源頼朝

 

答えの解説

 

豊臣秀吉は、古今の人物について評論していた時、家臣に対して「わしの功は源頼朝よりも100倍もうえなのじゃ」と言っています。

豊臣秀吉が上記のように言った言葉は、幕末藩士・岡谷 繁実(おかのや・しげざね)が完成させた「名将言行録」(めいしょうげんこうろく)に掲載されています。

 

 

第29問 2、伊能忠敬

 

答えの解説

 

伊能忠敬は、1794年に隠居生活を送っていましたが旅行がきっかけで測量の世界に興味を持ちます。

そして、50歳の時に19歳年下で31歳の天文学者・高橋至時に弟子入りして測量を学びます。高橋至時から学んだ事を生かして全国を歩いて測量し正確な日本地図を作る為に全力で取り組みますが地図完成前に74歳で亡くなりました。

その後は、弟子が引き継ぎ伊能忠敬が亡くなってから3年後の1821年に「大日本沿海興地全図」と名付けられた地図が完成しました。

 

 

第30問 2、ラムネ

 

答えの解説

 

明治19年にコレラが流行った時に新聞で「炭酸飲料を飲めばコレラに冒されない」と掲載されラムネを買い求める人が殺到しました。

ラムネ屋が徹夜で製造しても追いつかないぐらいの売れ行きになったそうです。

 

 

以上、歴史クイズ初級編でした!お疲れ様でした♪

 

いかがでしたでしょうか?

 

満点だった人は、かなりの歴史通!初級の問題は、もう卒業してもよいでしょう。

 

「日の下に、新しいものはない」ということわざの通り、わたしたちが何か新しい、良いものを作り出そうとするなら、ゼロから始める必要はないんです。

 

昔の人たちが、それぞれの時代に必死に考え、生きてきた証し、「歴史」を振り返って学べばたいていのことを知ることができます。

 

歴史クイズは、まだ初級です。

 

これから、中級、上級と進むうちに、みなさんの知識と心は現代を新しい方向へ導いていく力をつけていることでしょう!

 

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